◆第2回『国家ビジョン創造セミナー』
講 師:前国務大臣 茂木 敏充 衆議院議員
テーマ:「次代への政策方向」
0.はじめに
私が今日のテーマとして掲げましたのは「次代への政策方向」。ここで言う「次代」とは、まずどれくらいのタイムスパンで考えているかですが、私としてはこれから5年から10年くらい。それぐらいの時間軸です。次にどんな「政策方向」かという事ですが、今日は、大きく3つの方向について私の考えを述べさせていただきます。
その第一番目は今後の外交の方向についてです。
私は一昨年、外務副大臣としてイラクのバグダッドを2度訪問しました。まず一昨年の3月、ちょうどイラク戦争が始まる直前、小泉総理の特使としてバグダッドを訪問し、当時のフセイン政権のNo.2 タリク・アジズ副首相と激しい交渉に臨みました。またイラク戦争の直後、5月には世界の要人として初めてバクダットに乗り込むという経験もさせていただきました。また、北朝鮮問題でも小泉総理の初訪朝をうけて、今の6者協議の立ち上げに関わってきました。
私は自分が携わってきた外交について、今、日本外交の基軸を転換していかなくちゃならないと考えています。外交の方向を変えていく。端的に言いますと、これまでの2国間、つまり日米、日中といったバイの外交から多国間、マルチの外交に基軸を転換をしていく、これが第1のポイントです。
2つ目のポイント、内政については、これから重点を置くべき分野を明示し、予算についても配分の大胆なシフトをしていく必要があります。今日は、具体的に経済の分野ではIT、そして社会の分野では少子化の問題を取り上げたいと思っています。
少子化対策、これは誰でもが重要だと言います。しかし今、日本において本当にしっかりした少子化対策が出来ているのか。私の答えはNOです。現在、日本の社会保障費、年金や医療、介護、これら全部にかかるお金が86兆円です。この86兆が誰にいってるのか、内訳を見てみると、高齢者給付金、つまりお年寄りにいってるお金が58兆。それに対して児童家庭給付金、つまり少子化に使っているお金はわずか3兆2千億。かたや58兆、かたや3兆2千億。これでは逆ピラミッドと言われる人口構成の歪みはとても是正できません。資源をもっと少子化対策の方にシフトをしなければならないという話を2点目としてさせていただきます。
それから最後に、新国家ビジョンとして「人材立国日本の復活」という提案をさせて頂きたいと思います。
1.外交:基軸の転換 - バイ(二国間)からマルチ(多国間)へ
まず第1点目の外交の問題であります。
今年は戦後60周年、節目の年にあたります。国連も同じ1945年に創設されました。その時国連の加盟国はわずか51ヶ国でした。それが今は191ヶ国、4倍に増えています。つまりプレーヤーの数は圧倒的に増えてるんです。同時に、国際社会で取り扱うべきテーマも従来の自由貿易や安全保障問題だけではなくて、例えば国際的なテロ対策、環境の問題、経済で言ったら今まで想定もしなかった知的所有権、私的財産権など解決すべき課題も大きく拡大している。しかも課題ごとに各国の立場、支持グループの組み合わせは異なる。要するに、ヤルタ会談のように数カ国の大国だけで国際秩序や国際社会のルールを決められる時代じゃなくなっているんです。
そうなりますと、本当の意味で国益を主張する場っていうのはバイの会談以上に国連であったりWTOの会議であったり、マルチの場が中心になります。たとえば、いくら日米同盟といっても貿易ルールの問題では日米の立場は明らかに異なり、これは二国間会談ではなくWTOの場で決めていかなければならない。ところが外務省には、対米外交のベテランやチャイナスクール、ロシアンスクールの専門家はいても、マルチの外交をやれるような人材が育ってない。このところに日本外交の一つ大きな問題点があると考えています。
今、アメリカとの間にもBSEの問題がある、そして中国・韓国との間では領土問題、歴史認識の問題で縺れています。これもしっかり解決をしていかなきゃなりません。しかし対中国との関係が、韓国、ロシアとの関係が良くなったから日本の外交的な国益が実現されるかっていうと違う。やはりこれからはマルチの場で積極的な発言力を日本がいかに確保していくか、このことが実際には国益の向上に繋がっていくと考えています。
そこで今後、マルチの外交として特に重要なのは何か、2点提案をさせていただきたい。
●日本の国連安保理常任理事国入り
その一つはまさに今ホットなイシューであります国連の改革。その中で日本が国連安保理の常任理事国入りをしていくことが最重点だと考えています。私もここ数年間外交に関わってきました。そんな中で非常に強く感じていることは、イギリス、フランスの存在感の大きさです。人口からいっても、そして経済規模からいっても日本の方が上なはずです。しかし冷静に見て、そして率直に感じるのは国際舞台での発言力はイギリスやフランスの方があります。私はフランスの政治家、外交官が優れてるからこうなってるとは思っていません。ひとつの大きな理由というのは彼らがP5のメンバー、国連安保理の常任理事国である、この事が彼等の発言力を2倍にも3倍にもしているのではないでしょうか。
冒頭、国連加盟国の数について申し上げました。この60年間で51ヶ国から191ヶ国に増えてきた。会社で言うと従業員数や売り上げは約4倍になったんです。ところが役員の数っていうのは変わってない。常任理事国は当初から5ヶ国でした。今も5ヶ国のままです。そして非常任理事国、これは最初は6ヶ国でスタートしました。そして1965年に10ヶ国に増えた。それ以来、この40年間、国連の役員構成っていうのは全く枠が変わっていない。
この点で特に深刻なのはアジアとアフリカです。国の数から言うと、191ヶ国の加盟国の中で、アジアが53ヶ国、そしてアフリカも53ヶ国。半分以上を占めてるんです。ところが安保理のメンバーで見ると、常任理事国は中国1ヶ国、アジアの非常任の枠は2ヶ国。アフリカは常任理事国0、非常任が3。これに対して北米と西欧を見てみますとたった29ヶ国で常任理事国を3つも持っています。アメリカ、イギリス、フランス、そして非常任理事国の枠も2つ。
国連の改革ではもっとアジアの代表、アフリカの代表を増やしていくことが必要です。普通の企業を考えても企業の規模が4倍になれば役員の数も当然変わってくる。そして儲かっている部門から、大きな部門から役員が出る。これは当然のことであります。私は昨年来、常任理事国入りの有資格者であるドイツ、インド、ブラジルとの連携強化を訴えてきました。アジア、アフリカの各国も巻き込んで国連改革の機運をさらに高めていく必要があります。
P5、この常任理事国5ヶ国の中で、アメリカ、中国、そしてロシアはバイの大国です。最近、米国のユニラテラリズム、一国主義というのが話題になりますが、要するに大国たる自国と他の国々という位置付けで外交を捉える。一方、イギリスとフランス、これはマルチ外交の中でのキープレーヤーになっています。英仏ともに対米外交や対中関係も重視していますが、それ以上に国連やEUの場での自分の役割というものを意識している。そして様々な国際機関を上手く活用している。恐らく日本がこれから歩んでいくべき道というのは、このイギリスやフランスに近いマルチの外交でのキープレーヤーになっていくごと。これが日本のこれからの外交の方向ではないかと私は考えています。
この国連改革の問題、来月6月には、国の名前は決めないけれど、例えば日本、インドとかブラジル、ドイツとか決めないけれど、枠の拡大についてひとつの合意案を作るべく検討を進めています。そして9月には、ミレニアム宣言に関する国連の首脳会議があり、そこで合意案を承認をして、うまく進めばだいたい来年くらいには新たな常任理事国も決めていくというスケジュール案です。一方、今回の改革プロセスが頓挫をすると、最低でも今後10年から20年は国連改革は期待できない。日本の常任理事国入りもないということになってしまいます。ですから私は日本の外交上、今最も重点的に取り組むべき課題は国連の改革であり、その中で日本が常任理事国入りをしていくことだと信じています。
●アジア共同体構想(TAC:Trans-Asia Community)の提唱
それからもう一つ大切なのは、アジアの中での日本の役割です。アジアはヨーロッパと比べて統合はおろか経済圏作りも相当遅れている。ヨーロッパでは、来年2006年にはEUの憲法が発効する。EUの大統領が生まれ、EUの外務大臣が出来ます。EUは経済統合から始まって通貨の統合、そして政治統合まで来てる。そして、この動きがヨーロッパ経済の再生にもつながりつつある。第2次世界大戦の大きなダメージと東西分裂から、この50年の試行錯誤というのが実を結んでいる訳です。
その一方で成長が期待されるアジアには、ASEAN、APEC、ARFとさまざまなフォーラムはありますが、統合の気運というのは高まっていない。これをまさにこれから10年かけて、まずは経済分野での連携、統合を進める。そして次の10年で政治分野での協力、統合を進めていく。私は今アジアで、こういったプロセス、シナリオを描くことが必要だと思っております。
ただここでアジアと言った時に、我々が考えるアジアは東アジア、つまりいわば海洋アジアです。日本、韓国、中国、そしてアセアンの諸国。しかし私は今アジアと言った時に東アジアの他に3つの異なるアジア、全部含めて4つのアジアを考えていかなきゃいけないと思っています。
じゃあ2つ目のアジアは。2つ目のアジアは「イスラムアジア」です。イスラム世界と言うと我々の認識では中東諸国になります。ところが、世界で一番大きな回教国、イスラム教国はインドネシアであります。パキスタンもそうです。マレーシアにもたくさんのイスラム教徒がいます。世界の中でイスラム教徒が一番多く住んでる地域、これがアジアなんです。たとえばテロ対策や女性の社会進出という問題を議論するとき、このイスラムアジアっていうのを念頭に入れなきゃならない。
もう一つ、海洋アジアの対極にあるのが「シルクロードアジア」です。つまり内陸部でインド、パキスタンから、ウズベキスタン、アフガニスタンなど何とか“スタン”とつく地域。スタンと言うのは現地語でステイト、国であったり場所を意味をする訳ですが、この中央アジア地域まで。つまりアジアから中東、ヨーロッパに繋がっていく結節点になる地域がシルクロードアジアです。ここは古くからアジアと中東、ヨーロッパの交易ルートになってきました。ただ、我々からすると少し遠いイメージの地域かもしれません。しかし、文化的にも地政学的にも東アジアと違うからおもしろい。また、インドも注目です。何しろ日本は少子化ですがインドは11億人の国民、世界で第2番目。しかも、毎年2千万人ずつ増えるんですから。この2千万っていう人口は、例えばスカンジナビアの3国、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、この3つの国の人口が合計で2千万人ですから、毎年インドの中にスカンジナビア半島が一つずつできる。これくらいの勢いを持ってる。またITのソフト開発でも急成長しています。アジアの統合と言った時、私は海洋アジアとは違う、シルクロードアジア、内陸のアジアっていうのを包含していった方がいいと思います。地域的な拡がりという観点では、最初の「海洋アジア」の延長線上にオーストラリア、ニュージーランドといったオセアニアを加えてもいいですね。
そして4つ目、最後はやはりチャイニーズアジアです。中国自体も急速な発展をしております。それと同時にアジア全域に華僑がいる。さらに、今新しい中国の企業、経済がアジアに進出していく。こういったチャイニーズアジア、これも考えなければならない。
このように東アジア以外にもイスラムアジアという世界、そしてシルクロードアジア、さらにチャイニーズアジアの拡大、これだけ多様性を持った発展の度合いも違う、そしてモザイク状になったアジアを統合していく。このことは非常に難しい作業であります。しかし、ダイナミックであるが故にそれによって生み出される成果、これは非常に大きなものになってくる。最近、東アジア共同体ということがよく言われるようになってきました。私はもう少しその概念を広げて、トランスアジア、全体のアジア、トランスアジアコミュニティー(TAC)、こういった構想をアジアの中で日本が打ち出していくべきだと考えています。
今年は11月に第1回の東アジアサミットがマレーシアのクアラルンプールで開かれます。こういった機会に、日本の総理大臣が東アジアより更に大きな概念のトランスアジアのコミュニティー構想を打ち出す。構想の実現に向けてODAの活用、人材の育成、IT共通基盤の整備など日本のコミットメントもしっかり示す。タイムスパンも明確に示す。EUの場合は50年かかっての統合でしたが、そういった経験も参考にすれば経済は10年で統合していける。個々のFTA、EPAから始まってアジア全体の自由貿易圏につなげ、経済の統合を10年間で仕上げる。そして次の10年間でその成果を踏まえて政治の統合までもっていく。
こういうアジア共同体の形成は日本にとっても大変大きなメリットがあります。たとえば今後、日本が国連の常任理事国入りをする。その時に日本はどうしてもアジアの代表なんです。そのアジアがしっかりまとまる様な体制をつくっていく。このことは日本が国際社会全体に対して発言力を更に強めていく、こういうメリットにも繋がります。
2つ目にアジア全体が発展することによって、日本企業のマーケットとしてもアジアが更に魅力的なものになっていきます。単に日本製品のマーケットという話だけではありません。私も昨年はIT担当大臣でしたが、今ITの分野ではいろんな国際標準、そしてディファクトスタンダートをほとんど欧米におさえられている。これはビデオ戦争の時にもそうでしたが、ベータとVHS、ディファクトでたくさん使われる方が標準になっていくわけです。今後、ITの世界でもアジアという大きなマーケットで一つの標準が出来る。そうすると、アジア発の国際標準というのが北米に対してもEUに対しても訴えかけられる。多様性のあるアジアは標準作りの最高の実験場です。日本発、アジア発の国際標準をつくっていく。こういう意味でも私はトランスアジア構想は重要だと思っています。
そして3番目に、多くの国が注目し、内心では不安に思っている中国の膨張。中国の成長自体は好ましいことですから、これをトランスアジア構想の中に内包する。押し込めるって言うと語弊があるかもしれませんが、中国の外への膨張の歯止めという観点からもTACは大きな役割を担っていくわけです。
若干極論をしています。確かに日米関係も重要です。日中関係も大切です。しかし、現状維持ではなく将来を見据えれば、マルチの世界に日本外交が踏み出さなきゃならない。そしてこのマルチ外交の重要なポイントになってくるのが、国連の常任理事国入りの問題とトランスアジアコミュニティー構想の実現だと考えています。
2.内政:資源のシフト - ITと少子化対策
2番目の内政、資源のシフトの問題に移ります。
まず我々は時代の変化のスピードっていうのを感じなければならない。特に少子・高齢化の進展、そしてIT化の流れ。最近地元に戻って中高年のおばさんと話をしていても、だいたい「ホリエモン」っていうのは皆知っています。恐らく財界の大物や自民党の幹部の政治家以上に堀江さん有名になっちゃったんじゃないかな。私も彼のことは以前から知っていて、一部には若僧が何という声もありますが、確かに企業としては伸びているんです。また、去年球団を新しくつくった楽天、三木谷社長とは親友ですが、あっという間に業績を伸ばして、今や総資産で1兆円の大企業です。これは三菱重工業と同じ規模なんです。では、ダイエーを買ったソフトバンク、Yahooはどれくらいか。4兆円の企業です。総資産4兆円と言うのは松下やソニーよりも大きくて、だいたい東京電力と一緒です。歴代の経団連の会長を輩出してきた東京電力と同じ規模にもうYahooはなってるんです。それもこの5年間の話です。
今や個人の株取引も7割はネットを通じて行われています。IT企業による買収も球団からメディアへと進みましたが、ネット上に流すコンテンツを求めるという動きからすれば、ライブドアとフジの買収劇に止まらず、IT企業によるメディア買収はこれからも起こってくるでしょう。一年前には全く考えられなかったような動きが実際に起こっている。いかにITの分野での変化と成長が早いか、こういうことを感じて欲しいと思います。
IT革命は産業革命以来の大きな変化といわれ、産業革命が生産コストを大きく低下させ大量生産の時代を生み出したように、IT革命はトランズアクションコストの低下によって携帯電話、インターネットの普及や様々の新しいビジネスを生み出しています。しかし、今の日本でIT化以上の大きな社会変化、それは少子・高齢化の進展です。今から42年前の昭和38年、東京オリンピックの前の年、日本で老人福祉法が制定されました。この昭和38年の段階で日本で100歳以上のお年寄りが何人いたか。全国でも153人しかいませんでした。それが今どれだけの数字になっているかと言うと、100歳以上のお年寄りは一番新しい数字では2万3千人を超えています。ちなみに男女別で言うと男性が3500人、女性が19500人。圧倒的に女性の方が元気ということになります。
この高齢化、量的にもそうですがスピードも世界一の速さで進んでいます。高齢化率、つまり全人口の中で65歳以上の人が何%いるか、そしてこの高齢化率が10%から20%になるのに何年かかっているか。アメリカの場合、この高齢化率が10%から20%のなるのにかかった期間は61年、イギリスが78年、フランスが86年。北欧はどうか、スウェーデンが66年、ノルウェーが76年かかっています。このように欧米ではだいたい60年から80年くらい。それに対して日本ではその3分1の21年で高齢化率が10%から20%に達しています。凄いスピードで高齢化が進んでる訳です。これに対して制度改正が間に合っていない。これが今の日本の社会保障制度の最大の問題点です。そしてこの高齢化社会の課題と表裏一体の関係にあるのが少子化の問題。しかも高齢化の進展自体は不可避ですが、少子化は対策の打てる問題であり、後述するように早急かつ重点的取り組みが必要だと考えています。
政策というのも時代の変化とともに変わるべきものであり、変化にきちんと対応した政策転換、将来の変化を見通した政策づくりこそが政治の役割です。この意味からもIT化のスピード、そして少子・高齢化のスピードにきちんとターゲットをあてた政策を打ち出していくことが何より重要だと思っています。
●ITを次世代の基幹産業にする「3C」戦略
ITの話からはじめます。今、自動車産業が日本で43兆円の産業、家電が66兆、合わせて100兆円の産業です。私はIT、情報通信産業をこれから10年間で100兆円の産業に育てていきたいと思っています。日本の戦後の基幹産業は繊維から始まり、鉄鋼、造船、そして自動車、家電と移って来ました。今後、IT分野で自動車、家電と並ぶもう一つの大きなリーディング・インダストリーをつくっていく。これが日本の今後の産業政策上の最重点戦略だと考えています。国際競争力のあるリーディング・インダストリーが出来る事によって、自動車が多くの部品、エレクトロニクス、素材産業に支えられているように、さまざまな部品産業やシステム分野に波及し、サービス産業も広がっていく。そういったIT産業を100兆円産業にする為に何をしていくか。私は大きく3つのことをやっていく必要があると思います。この「3C」戦略を簡単に紹介します。
まず第1が集中と選択、Core Competence(コアコンピテンス)。今からちょうど20年前、アメリカの産業が日本に自動車でもやられ頭を抱えていた時代にレーガン政権は産業競争力委員会を設立し「ヤングレポート」というのをつくりました。このヤングレポートに登場するのがコアコンピテンスという言葉です。あまりにも事業分野を多角化していては駄目だ、もっと自分の本業にかえれ、そして自分の得意な分野に資源を集中して競争力を高める。こういう事をアメリカは20年前から始めて今の経済の復活というのがあるわけです。
今の日本のIT産業、情報通信産業を見るとまさにコアコンピテンス、集中と選択がこれほど必要な産業というのはありません。今どういう状態か、一言でいえば各社横並び。そして、オリンピックじゃないですが参加することに意義がある。ところが収益力が低く、国際競争では銅メダルも取れない様な状態、入賞も出来ない様な状態が続いているわけです。シェアも収益も低いのに事業分野だけが拡がり過ぎているから、次への投資も全て中途半端、不十分になってしまう。これをそれぞれの企業が得意分野にシフトしていく、国もIT産業の将来ビジョンを示し、その為の誘導策をとっていくことが必要です。
1つ目をコアコンピテンスとしますと2つ目はCore Technology(コアテクノロジー)。基幹技術をマイクロソフトやインテルなど水平分業型の欧米企業に全て抑えられていては収益も上がらないし、競争力もつきません。基幹技術が借り物でアセンブリー、組み立て作業だけやっていてもダメなんです。日本もこれからコアになるようなテクノロジー、技術っていうのをきちんと自分で開発をしていく。IT分野でのこれからのコアテクノロジーが何になるかを見極め、5年間、10年間で産官学あげて開発していく。
例えばナノテクノロジーのIT分野への応用というのが考えられます。ナノというのは10億分の1の世界です。どんなイメージかと言いうと、今、国会図書館に700万冊の蔵書があります。この700万冊の蔵書、これを角砂糖1個の中に情報量として入れてしまう。これがナノテクノロジーの世界です。このナノの技術に関しては恐らく日本が一番進んでいるんではないか。このナノを使ったコンピュータ関連の素材をつくっていく。こういうのは一つのコアテクノロジーになっていくと思います。それからコンピューティングの分野では今の100倍のスピードで今の100倍の容量の計算が出来る、こういうコンピューティングシステムを開発をしていく。開発資金も1000億単位でかかりますが、それに見合ったリターンというのは十分あると考えています。
そして3番目は「Commodity to Solution」という戦略方向です。パソコンやインターネットで劣勢な反面、日本は単体では今、強い分野がいくつかあります。一つは携帯、そして情報家電、さらにカーナビやICチップ。単体では強い。しかしこれらの分野もシステムでの強さにはまだなっていない。これを一つの“ライフソルーション”というかたちで日本の企業が提案をしていけるような状況をつくっていきたい。どんなことかと言いますと、例えば情報家電といっても、今SONYのテレビと松下の冷蔵庫は繋がりません。これをどこの家電メーカーのものであっても、つながっていて、デジタルテレビで見たキューピー3分クッキングの食材のうち、家の冷蔵庫には何が不足しているかをチェックできるシステム、たとえばこれが家庭内のライフソルーションです。携帯電話も単なるコミュニケーションの手段から、家庭内のデジタル家電につなげたり人の移動に関わるマンナビの機能を備えたシステムをつくっていく。カーナビも車での移動の誘導からドライバーのあらゆるニーズに関するソルーションを提案していく。単に単体の強さにのっかるんではなくてソルューションという更に大きな土俵で日本が優位性を持つことによって、今国際競争力を持っている欧米のモジュール型産業群に勝つ。アメリカンモデルを超えた、競争力のある日本製品を核としたライフソルーション戦略であります。
これらの「3C」戦略は基幹技術の開発はじめ相当な投資も必要です。政府も10年計画で毎年1兆円のIT関連予算を組むくらいのコミットメントが求められます。10年で10兆円の投資によって100兆円の産業を生む。こういうビジョンと国のコミットメントをきちんと提示して、その方向で産業界も動く、それから大学も動く。これが新しい時代に求められるリーディング産業創出のビジョンではないかと思います。
●少子高齢化社会:問われているのは10年後の姿
もう一つの少子・高齢化社会の話に入りたいと思います。先程、日本の社会保障費全体が86兆円という話をしました。この社会保障費、これからも高齢化が進みますから、このまま行くと10年後に100兆円、20年後には150兆円に膨れ上がります。
このように社会保障費の大幅な増加は明らかで、抜本的な対策が必要なのですが、厚生労働省の対応というのは「億の単位」の改善策です。伸びは何兆円という額なのですが。単位が違うわけです。彼等は現行の制度の範囲内、単年度予算の中で考えますから、そんな何兆円削るとかという発想ができない。これは将来を見据えて私達政治家がきちんとリードしていかなければならない。具体的改革案も出していかなければならないと思っています。
ではどんな改善策があるのか。一つは先程も触れたITの利活用です。今医療分野のIT化は特に遅れています。例えば、社会保険診療報酬支払基金という機関があります。これはお医者さんから健保組合に出すレセプト、これをチェックする機関ですが、このIT化の時代に手作業、1枚1枚紙でチェックしてるんです。支払基金には6000人の職員がいます。そのうちの半分以上の人が紙でレセプト1枚1枚をチェックする作業を続けている。年間14億枚のレセプトです。これをオンライン化することによって毎年2000億のお金が浮きます。医療分野こそ私はITで、大幅なコスト削減が可能だと考えています。
それから2つ目、「PMA」。たぶん馴染みのない言葉だと思いますが、「positive mental attitude」積極的な心を持つということです。今、高齢者の医療費は、各県によって随分レベルが違います。47都道府県の中で一人あたりの高齢者医療費が一番少ないのは長野県です。一方、一番多いのが福岡県です。そして高齢者の就業率で言いますと、一番高いのが長野県で、一番低いのが福岡県です。これ仕事でもボランティア活動でも自治会活動でも何でもいいんです。やりがいを持つ、自分がいないと仕事が回っていかない、このサークルが回っていかないという前向きな気持ちを持ってもらうことです。高齢者の就業を国や自治体がサポートし、働いて健康な社会を作っていく。こういった予防対策の方が、病気にかかってからの医療費よりはずっと低コストで済むはずです。たとえば、老人の外来受診率が全国で長野県のような低位5県の平均値まで下がれば、医療費3700億円の削減につながります。
3つ目は「アウトソース」、外注の活用です。今欧米の大病院で自分の所で給食作ってるところはありません。外に出すんです。コストが安くて品質のいいものを外から選ぶ。もちろんお医者さんや看護婦さんまで外注というわけにはいかない。しかし、病院の仕事の中で、外にアウトソースできる業務はたくさんあります。レセプトの作成、外来患者受付、給食、さらに清掃業務などなど。アウトソースを欧米並みにやれば毎年1兆3000億円の事務費が浮きます。医療費が全体で30兆ですから、1兆3000億といえば5%近いコスト削減に当たります。
国際標準ということで更に申し上げると、入院の期間が日本ほど長い国はありません。急性期の入院だけ見ても平均をとると欧米はだいたい2週間なのに対して日本だけは3週間。この入院期間を欧米並みの2週間に縮めると、これだけで1兆3000億円浮きます。
もう一つ申し上げます。薬の値段が日本ほど高い国はありません。小さい医薬品のメーカーが多すぎるんです。武田薬品が日本で一番大きい。しかし世界で言えば15位ですよ。米国のファイザーと比べたら時価総額は7分の1です。しかも、武田以外は皆20位以下です。日本の薬剤メーカーは中小零細を入れて1400社もあり、それが戦後まともに倒産した会社は何と1社もない。そういう小さなところでも生き残っていける様な薬価政策を取っていることが問題なんじゃないか。これが薬剤費率の高さとして医療費の増大につながってくるのです。医療費全体に占める薬剤比率は下がってきたといってもまだ20%、先進国の平均は16%なんです。かつての銀行のように医薬品業界も再編が不可欠です。また、薬価を欧米並みの水準にしますと、ここでも1兆4500億円浮きます。
今申し上げたいくつかの例だけでも4兆から5兆のお金が医療費30兆円の中で浮いてくる。この他にも、今私が取り組んでいる17000人の職員を抱える社会保険庁の抜本改革や保険料徴収の一元化など大きな課題が残っています。このような兆単位の大胆な改革というのはやはり私は基本的には政治がやらなくちゃいけないと思っています。
ただここまでは大きな改革と言っても、増えるものを減らすだけの話であります。これだけでは不十分。本当の意味で日本の人口構造そのものを変えないと、社会保障制度をしっかり下支え出来る社会というのは築けない。ですから少子化対策には更なる重点的な取り組みが必要なわけです。
●より深刻な少子化問題への資源の大幅シフト
先程申し上げたように、高齢者給付金いうお年寄りにいってるお金が58兆に対して、児童家庭給付金は3兆2000億です。20対1の世界。少子化対策でやることは基本的に2つです。特に2つのことをやればいいのです。U字カーブとM字カーブを改善していく。U字カーブというのは何か。これは縦軸に出生率をとる、そして横軸に経済の発展の度合いをとる。そうすると途上国は出生率が5とか6とか、一つの家庭で子供を5人、10人産む、そういう社会。かつて日本もそうでした。だんだん経済・社会が発展してくると産む数が減っていく。そして今ボトムにあるのが日本とかイタリアです。しかしそれが更に女性が社会進出できる環境が整うとか、そういう状況が生まれることによってスウェーデンやノルウェーみたいにこのボトムの1.3という所から2に近いところに戻せる。これがU字カーブなんです。このU字カーブのボトムから右上の部分に上がっていくための支援をしていく。それが一つです。
2つ目はM字カーブ。これは女性の年齢を横軸にとる。そして縦軸に女性の就業率をとる。すると日本だけ違った曲線を描きます。他の国は例えば高校や大学が終った後、就職する。結婚や出産があっても女性が仕事を続けることが多く、ある程度の年齢になると退職をしていく。こういうなだらかなカーブですが、日本だけがいったん就職をしてから、30前後、つまり結婚して出産すると就業率がガタンと落ちる。そしてまた子育てが終った40過ぎになるともう一回上がってくる。そして定年に向けてなだらかに下がる。ですからMの形を描くわけです。このMの真ん中の部分、30代前後から40くらい、この時がやはり子供を一番産めるわけです。ここで産んでもらう為に、働きながらも女性が社会進出し子育てが出来る、そういう環境を作っていくことが重要です。
このU字カーブとM字カーブ、この2つを改善すれば必ず日本の少子化問題は改善する。しかし時間がありません。何故か。戦後のベビーブームは2回。最初が団塊の世代の1947~49年、次が71~74年です。今、この団塊の世代ジュニア、こう呼ばれる女性の年代がちょうど30代にさしかかる年齢であります。頑張れば50歳でも子供を産めるのかもしれませんけれど、だいたい子供が産める適齢期があります。この団塊の世代ジュニア、大きな塊でいる団塊世代のジュニアの女性にこれから10年間でどれだけ子供を産んでもらうか。それによって日本が少子化にピリオドをうてるか否かが決まってくるわけです。冒頭申し上げた様に、これから5年から10年というのが日本は政策上の岐路であり、特に少子化対策はその典型です。多少の困難はあっても社会保障費のうちの3兆円を少子化対策に移すことです。3兆円移せば少子化対策予算の3兆円が倍増して6兆円になる。高齢者対策と少子化対策のバランスを20対1の世界から10対1の世界にしていく。これによって児童手当、医療費助成、仕事と子育ての両立支援など、相当な対策が私は打てると思っています。この資源のシフトこそがまさに政治の決断です。
資源を重点化すべき分野は他にもあるのですが、今日は今大きく変化しているITの分野、そして少子高齢化、これに絞ってお話させていただきました。
3.新国家ビジョン:「人材立国日本」の復活
さて時間の関係もありますので、今日はテーマが『国家ビジョン創造セミナー』ということですから、1つの国家ビジョンの私案として「人材立国日本の復活」という提案をさせてもらいたいと思います。
●Growth & Innovationを生み出すもの
日本は来年人口のピークを迎えます。1億2774万人です。そして来年以降どんどん人口は減っていく。10年経つとこの1億2774万人が1億2627万人となり、100万人以上減少します。このままのペースだと、だいたい100年後に日本の人口は今の半分になります。人口問題研究所の試算では1400年後には日本人は1人ということになってしまう。労働力人口で言いますと、もっと深刻です。今後10年間で375万人減っていく。まず安定成長、Growthの維持のためには労働力の量を確保していくことが必要です。この観点からは当面の3つの対策、そして2つの戦略が考えられます。
まず、日本人は平均年齢が伸びている。65歳以上になっても元気な方がたくさんいる。こういう元気な高齢者に働いてもらえる様な環境をつくる、ということであります。
これは政府の試算ですからどこまで信用できるかということはあるのですが、この分野での対策をとることによって、これから10年間でだいたい高齢者の雇用が170万人増えるという予測です。そして2つ目は先程も申し上げた女性の社会進出の問題です。男女共同参画社会。だいたいこれで80万人から100万人くらい労働人口が増える。もちろん、そのための環境整備が大前提となります。
3つ目は若者対策。今、フリーターとかニートとかが増加し、若者の職業に対する意識も変わってきている。私はまず「NEET」という言葉自体が良くないと思います。“Not in Employment, Education or Training”の略ですからつまり仕事をしていない、学校へ行っているわけでもない、そして職業訓練もやっていない。つまり何もしてない。それをNEETと呼びます。ところが英語でニートと言いますと、つづりは違いますが発音は同じで、NEATはきちんとしているということ。どこがきちんとしているのか。仕事もしてないし、学校にも行ってないし、職業訓練も受けてない。NEETなんていう造語をつくること自体、私は間違ってると思っています。
このニート問題はともかくとしても、何より今の若い人が仕事に対してこの仕事は自分でなければできないといった責任感や満足感、さらにこれまでの会社人間とは違った新しい価値観をもてるということが大切だと思います。海外でNGO活動をしている日本の若者に会うと、皆活き活きしていて本当に「日本の若者も捨てたもんじゃないな」と感心します。要はモティベーションをどう与えるかです。そして若者が自分に合った職業を選べる環境やシステムをつくることも必要です。失業者の8割を占める雇用のミスマッチをどう解消するか。ハローワークを民営化するくらいの大改革が必要だと思います。
高齢者、女性、若者、それぞれがもっと仕事しやすい様な環境をつくる事によって、これだけでだいたい、300万人強の労働力の増加につながっていく。今後10年の労働力人口の減少にほぼ見合った数です。ただこれは当面の対策です。さらに大きな戦略としては2つある。
1つは先程説明した少子化対策によって出生率を1.3のボトムから上げていく事です。これはこれから10年の最重点政策で、労働力として成果が出るのは20年後です。そしてもう一つは、能力や技能のある外国人をもっと受け入れるということです。これは労働力の量という意味からも必要だと思います。特に今後人手不足が予想される職種、介護、看護、医療などの分野。また、日本人女性の社会進出をサポートするベビーシッター、ホームヘルパーなどの職種は積極的に受け入れるべきだと思います。
しかし私は価値の創造、つまりイノベーション、質という意味からも外国人の受け入れは非常に重要だと考えます。単一民族で同じ様な考え方を持っている人が、いくら議論してもそこからなかなか新しい価値というのは生まれてきません。異文化を取り入れる、違う考え方を取り入れる。それが混在し融合する事によって、新しい価値というのが生まれるわけです。日本人が苦手な分野の補完ということもあります。新たな競争というのも生まれる。アジアからの留学生ももっと増やし、日本の良さを知ってもらう。彼らは本国に戻れば各界で指導層に入っていくのです。この日本という国に海外からさまざまな人材を受け入れ、日本でサクセスストーリーが生まれるという場面を作って、新しい価値を生み出していくことが必要だと思います。今、政府では「Visit Japan」のキャンペーンを進めていますが、これを単なる観光客の増加から、「Study in Japan」「Work in Japan」「Success in Japan」に高めていくのです。
言葉で言うと若干誤解を受けるかもしれませんが、「単民族国家」から「多民族社会」に変わっていく、このことの議論をしっかりすべき時期に来ていると思います。
●「考える力」の教育改革
私は今、最も重要な政策課題は教育改革だと思っています。制定から58年経った教育基本法も改正の議論が進んでいます。ただ教育改革の中で、「学力」か「ゆとり」かというのは不毛な議論ではないかと思います。要するに学力を重視して覚える量を多くするか、ゆとりを重視して少なくするかは、これからの人材育成という観点からはあまり意味のない議論ではないでしょうか。
我々中学校、高校の歴史で一生懸命年表を覚えました。「泣くよ うぐいす 平安京」、だから平安京は794年。「いい国 つくろう 鎌倉幕府」、鎌倉幕府が出来たのは1192年。こんな風に覚えましたが、どこで使っています、そんな事。年表を単純に覚えることよりも、歴史を通じて今に何を学ぶかということの方が歴史教育では重要なのではないでしょうか。○×式や選択式のように答えが一つである必要もありません。デュアル志向の社会というのをつくっていくことも重要だと思っています。正解が一つではないというのは、例えば「鎌倉幕府はいつ出来ましたか。」という質問に1192年だけが答えではないということです。社会形態でいえば日本で武家社会が成立した時、これが鎌倉幕府の出来た時でいいのです。ヨーロッパにおいて第3回の十字軍遠征が行われた時期、国際的視点に立てば、これも正しいわけです。正解は一つじゃない。
さらに、どういう思考プロセスを経てその解答に至ったかを大切にする。個々の人によって、石崎さんには石崎さんの考え方、思考プロセスがある。山本さんには山本さんの思考プロセスがある。今日会場にお集まりの皆さんもそれぞれ固有の思考プロセスを持っている。その思考プロセスの途中に答えを導き出す上で間違っているところがあれば是正するけれど、基本的には個人ごとの考える力を伸ばす。こういう発想の教育に変えていく必要があるのではないかと思います。
更にデュアルということで言うと、これだけ国際化の進む日本なのですから、英語を第2公用語にするくらいの思い切った改革があってもいいと思います。もちろん、綺麗な日本語が話せる、日本の国や文化について誇りを持つ、そういった教育もしっかり進めていかなくてはならない。しかしその一方で経済大国日本には、海外の人も企業もたくさん入ってくる。そうすると政府に対する様々な申請が英語でも出来るというデュアルな社会をつくっていく事は日本としての厚みを増していく意味からも重要だと考えています。
「考える力」「デュアル志向」という観点からもう1点、指摘したいと思います。歴史でなぜ年号を覚えるか。一つには試験しやすいからです。正解が1192年だったら○か×かが簡単に判定できます。しかし、考えるプロセスはなかなかそういう試験ができない。それでは「考える力」に力点を置く北欧はどうしているか。フィンランドやスウェーデンの場合、中高一貫教育や小中高一貫教育を導入しています。そして小学校の低学年から高学年、中学校くらいまで小さなクラスを同じ先生が受け持ちます。こうすると試験をしなくても個々の生徒の個性や考え方、能力が分かるのです。ペーパーテストをしなくても、先生がそれぞれの子供達の上達度が分かる様な状況をつくっていく。
デュアル志向ということでは各国が小学校低学生から外国語教育を導入しています。フランスやフィンランドは小学校1年から、ドイツやお隣りの韓国でも小学校3年生から。私が昨年訪問したフィンランドの首都ヘルシンキの小学校では生徒16人に先生と補助教員がもう1人、ネイティブの教師によるイマージョン教育を実施していました。日本でも現在の学制、6・3・3・4制を見直し、小中高一貫教育を基本に抜本的な教育改革を実現すべきだと思っています。
●科学技術と日本の夢
さて最後に、科学技術の関連です。手塚治虫というのはつくづく素晴らしかったなと思います。40年前に想像で「鉄腕アトム」の世界というのをつくった。当時はなかったハイウェイ、高層ビルというのをあのマンガの中にリアルに描き出したのです。40年前、誰が本当にこういう時代が来るということを想像したでしょうか。しかしロボットも現実のものになってきました。ロボットというのは元々チェコ語です。テェコにチャペックという作家がいて、彼がつくった造語ですが、要するに人間の手を要せずに自動的に作動する人形や機械のことです。産業用では完全にそういう機械が主体になってきています。そしてアミューズメントではありますが、クリオであったりとかアシモ、こういうロボットも出てくる時代です。まさにロボットも現実のものになり、超高層ビルが林立し、ハイウェイも全国くまなくめぐる様な状況というのが生まれてきている。
●21Cのニューフロンディアを拓く:宇宙とサイバースペース
では、40年前にはまさに想像の世界だった時代に、現実に生きる我々はどうするのか。手塚治虫がやったのと同じ様なことをやはり今政治が、そして国がやっていくことが重要だと考えております。これからの時代を見通し、将来ビジョンを描き、21世紀のフロンティアに挑戦することです。挑戦すべきフロンティアとは何か。一つはサイバースペース、物理的空間の限界のないITの分野です。これについては先程100兆円の産業に育てるという構想をお話ししました。
もう一つはまさにスペース、宇宙に関連する分野です。先程、日本が進んでいる分野としてカーナビのことを申し上げましたが、日本のカーナビはアメリカの衛星、GPSシステムに完全に頼っています。来年からヨーロッパでもガレリオ計画が始まります。日本でも今、GPSを補完するプロジェクトとして準天頂衛星の計画を進めています。当面は衛星を3基打ち上げる予定です。そうなりますとこの準天頂衛星からの電波を利用して、カーナビだけでなくマンナビも可能になってきます。マンナビ、すなわち携帯電話で全部ナビができる世界に入ってくるわけです。この打ち上げにかかるコストがだいたい2千億です。大きな費用ですが、この2千億をかけることによって、どれだけの分野、産業に波及効果が生まれてくるか。安全保障面や地理情報システムでの活用も期待されます。NASAを考えてください。NASAのプロジェクトで新素材やコンピュータシステムはじめ、どれだけの新技術が開発され産業に波及効果が生まれてきたか。NASAにはアメリカのロケットの父、ゴダード博士の言葉が残っています。「昨日の夢は今日の希望、そして明日の現実」という言葉です。そういった夢をもう一度日本人が持つ。こういうことがサイバースペースでも本当のスペース、宇宙開発でも必要ではないかと思います。
●無限、有限、そしてまた無限へ:食糧とエネルギー
科学技術にはさらに大きな可能性があります。一つは食糧であり、もう一つはエネルギーの分野だと思います。かつて食糧もエネルギーも無限だと思われていました。しかし今、それが確実に不足し始めている。日本は食糧自給率40%、お隣の中国でも食糧は輸入国です。世界的に見ても耕作面積を大きく広げることは出来ません。そこでバイオテクノロジーを使うわけです。バイオテクノロジーの技術によって収穫量を上げる、今は作れないような砂漠や寒冷地において新品種で作物を作る。有限である食糧についてバイオテクノロジーという技術を導入することにより今の品種改良とは全く違った世界をつくって、もう一回食糧が無限の世界をつくっていく。これが一つです。
もう一つは燃料エレルギー。この分野ではまず、燃料電池が注目です。これから5年後の2010年には1兆円の産業になります。そして2025年にはこれが8兆円の産業に伸びていくと予測されています。その先にあるのは核融合の技術です。日本、EUはじめ6極で進めるITERプロジェクトがそれです。無限のエネルギーを水素によって、水によって、また核融合によって生み出していく。もちろん、こういった科学技術の開発には相当の先行投資も必要です。サイバースペースも宇宙も、バイオテクノロジー、そしてエネルギー、これらの分野はそれぞれに10兆円から数10兆円の産業に確実に伸びていく。だいたいその10分の1くらいのお金を、これから10年間研究開発投資につぎ込んで行く。こういった国のビジョンと資金を含めたコミットメントで日本の夢を現実のものにしていく。これがまさに次代の政治の役割だと思います。
時間の関係で私のプレゼンテーシヨンはここまでにさせていただきます。今日は特に3点、外交を今までのバイからマルチに変えていく。そして内政においては変化に着目してどこに資源をシフトしていくか。具体例としてITの分野、そして少子化対策の話をさせていただきました。そして最後に新しい国家ビジョンとしての「人材立国日本の復活」で締めくくらせていただきました。
御静聴ありがとうございました。