活動報告

エジプト訪問

  


  



最初の訪問先、エジプトを訪問しました。「ナイルの水を飲む者はナイルに帰る」というエジプトのことわざのとおり、18年ぶりのエジプト訪問です。

悠久の歴史を見守ってきたギザのピラミッドの目の前には、日本の支援により、ツタンカーメンの黄金のマスク等10万点もの収蔵品を展示する大エジプト博物館が完成しつつあります。テレビ番組でも有名な東日本国際大学総長の吉村作治教授が、現在「クフ王第2の太陽の船」の復原調査を行っています。古代エジプトの歴史を紐解き、そして、それを現代、将来の人々に伝える一端を日本が担っていることを誇りに思います。

ピラミッドと言えば、1798年にナポレオンがエジプトを侵攻した際、「諸君、ピラミッドの頂きから40世紀の歴史が諸君を見下ろしている。」と言って兵士を鼓舞したそうです。ただし、巨大なピラミッドが建造されたのは紀元前3000年以降の古代エジプト文明(古王国時代、中王国時代、新王国時代)の中でも、古王国時代の一時期。古王国第4王朝の3大ピラミッド(クフ王、カフラー王、メンカウラー王)がその代表です。

紀元前2000年代以降の中王国時代になると、首都もピラミッドのあるギザからナイル川の中流、テーベ(現在のルクソール)へ移り、王の墓もピラミッドから「王家の谷」の地下墳基に変わります。そこから出土したのがツタンカーメンの黄金のマスクですが、墓の大きさで言えば、ツタンカーメンの墓はかなり小さい方で、その隣のラムセス6世の墓が圧倒的です(これは今回の訪問ではなく、以前プライベートで旅行した時の感想です)。多分、建造当時はすごい財宝が埋葬されていたはずです。

その他にも、古代エジプトにはトトメス3世、アメンホテプ3世(ツタンカーメンの祖父と言われています)、ラムセス2世(ヒッタイトとのカデシュの戦いで有名なファラオ)といった権勢を誇ったファラオがいますが、残念ながらツタンカーメン王以外の墓はみんな盗掘にあって、黄金や宝石などの埋葬品は残っていません。そして、紀元前332年にアレクサンダー大王の征服により、3000年に亘る古代エジプト王朝は終焉します。その後に成立したプトレマイオス朝も、ローマ軍の侵攻により、紀元前30年、あのクレオパトラの死去で終わります。

少し歴史の話が長くなってしまいました。現代に戻ります。今回の訪問では、エルシーシ大統領やシュクリ外相と、新型コロナ対応、中東情勢に加え、大エジプト博物館建設を始めとする日本ならではの協力等について意見交換しました。中東・アフリカの大国であり、インド太平洋と地中海をつなぐ戦略的要衝、スエズ運河を擁するエジプトとの間で、法の支配に基づく海洋秩序の定着を進めていくことで一致しました。